SEAGULLIV COLUMN




安全な水を追い求めた探究者の物語 vol.2 市場の壁を超えて ―浄水器への偏見と戦った日々

1980年代、日本の浄水器市場は“第一次浄水器ブーム”の反動で逆風まっただ中にあった。
さらに、活性炭カートリッジの管理不備や過剰な宣伝で「浄水器=怪しい」という空気が広がるなか、引地親子はシーガルフォーを日本に根づかせようと歩き続ける。
信じるより先に疑われる時代ー それでも一歩ずつ、現場で信頼を積み上げていった。今回は、偏見のなかで初めての導入にたどり着くまでの対話を綴る。

インタビュアー(以下:聞き手)
グランドデュークス株式会社 代表・引地(以下:引地)

投稿日:2025.12.1   |  読了:4分  

「浄水器=怪しい?」逆風のスタートライン

聞き手:当時の市場の空気感を、改めて教えてください。

引地:まだほとんどの人が浄水器を買ってない時代だったけど、80年代には“第二次浄水器ブーム”がありました。活性炭タイプが各社から出て、キッチンメーカーもこぞって採用して。

ところが使わないで放置するとカートリッジ内で細菌が繁殖するなどの問題が表面化して、訴訟や過剰な売り文句も重なり、世間では「浄水器って大丈夫?」という印象が強くなったんです。しかも詐欺に近いインチキの浄水器を高い値段で売るような業者もいたし。
聞き手:なるほど、まず“信じてもらう”ことが課題だった。

引地:展示会に出ても「うちの井戸水の方がうまいよ」と言われたり、「どうせインチキだろ」と言われたりね。何度言われたことか・・・。

当時、私は父の手伝いで展示会のブースに立っていましたが、現場の反応はなかなか手強かったですよ。

それでも展示会に立つ ー反応を“身体で”受け止める

(写真)当時の展示会場での写真。習字を習っていた引地正修が展示会のポスターなどを書いていたという。コピー機もない時代、すべて手書きで掲示物を作成していた。

聞き手:展示会ではどんな活動を?

引地:農機具の見本市など、水に接する現場にブースを借りて、デモや説明を続けました。

例えば、東北の会場でも「井戸水は大丈夫」という声は根強かったけれど、やがて地下水汚染の話題が増えて、「本当は危ないのかも」と受け止められ方が少しずつ変わっていった。

当時は情報が少なく、誤解を正しながら一歩ずつでした。

「分からないことは聞きに行く」- 開発者のもとへ

聞き手:お父様が衝撃を受けられて輸入を始めるきっかけとなった、シーガルフォーに関する技術の理解はどう深めていきましたか?

引地:当時はネットもなく、情報は乏しい。そこで「分からないなら直接聞こう」と、開発者であるリチャード T. ウィリアムスに電話をしたんです。

例えば「フィルターの物理的喚問である口径が0.4マイクロメーター、そんな技術はちょっと聞いたことがない。それが本当だったらすごいぞ。一体どんな技術なのか。」というなど。

なんでも取れるというから、ある日牛乳で試してみたら白いものが出てきたんです。おかしいじゃないか、インチキじゃないのか?例えばそういう話です。その理由は、単純に害じゃないし、牛乳の色素を取るように設計されてないから、ということだったんですが、とにかく情報がない。(笑)ひとつひとつ確かめていきました。
聞き手:疑問や誤解を、一次情報で潰していった。そして、いよいよ開発者へ会いに行かれることになるんですね。

引地:たしか1987年だったと思います。技術的な疑問や、取り付け方もわからないと、そう簡単に売れないわけです。

「本気でやるんだったら、ちゃんと解明して、自分たちが納得しないといけない。製品の未来を信じているなら、確かめにいくべきだろう。」と私が言ったのです。

- vol.3では、ゼネラルエコロジー社の開発者たちとの出会いと、彼らがこの製品に込めた想いに迫ります。

商品コード: column251101
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コピーライト:2025.12.1

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安全な水を追い求めた探究者の物語vol.1 出会いと確信 シーガルフォー日本導入の原点

シーガルフォー浄水システムのメーカー、米国ゼネラルエコロジー社。その日本総代理店を務めるのが、グランドデュークス株式会社の代表・引地正修である。実は、日本でシーガルフォーの販売を始めたのは、現代表の父・引地正訓(たかくに)だった。

今回の対談では、これまであまり語られることのなかった“シーガルフォー日本上陸の舞台裏”を、引地代表の証言をもとにたどる。その道のりは、決して平坦なものではなかった。

インタビュアー(以下:聞き手)
グランドデュークス株式会社 代表・引地(以下:引地)