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安全な水を追い求めた探究者の物語 vol.4 信頼関係が築かれるまで

初めてのアメリカメーカー訪問で、すべてが理解できたわけではなかった。 むしろ残ったのは、「わかったような、わからないような」という感覚だったという。 それでも引地代表は、翌年も、その次の年も、開発者たちのもとを訪れ続ける。Vol.4では、「技術理解」と「信頼関係」が、同時に育っていった時間を辿る。

インタビュアー(以下:聞き手)
グランドデュークス株式会社 代表・引地(以下:引地)

投稿日:2026.01.25   |  読了:4分  

毎年通うことでしか、見えてこないものがあった

聞き手:技術は、すぐに掴めたわけではなかったんですね。
引地:全然です。
開発者が何を言っているのか、専門的な言葉も含めてわからない。
87年、88年、89年と毎年行って、「ここはどうなってる?」「これはなぜ?」と、同じ質問を何度もしていました。
聞き手:かなり専門的な内容ですもんね。毎年行くたびに質問して、少しずつ理解していった。
引地:そうです。

(写真)シーガルフォーのメーカー、ゼネラルエコロジー社を訪れる当時24歳の引地代表。

「すごい」は一回で確信できない。 そして“代理店セミナー”が生まれた

聞き手:聞くたびに「これはすごい」と確信が強くなっていった感じですか?
引地:そうですね。だから、これは自分の言葉で伝えるんじゃダメだと思った。メーカーで、実際に開発者本人の口から話してもらうのが一番だ、と。

それで1993年ごろから、日本各地の代理店と一緒にメーカーを訪問するようになりました。メーカーセミナーを始めたわけです。

メーカーセミナーは、シーガルフォーが偶然できた技術ではないこと。開発者自身であるリチャード・T・ウィリアムス氏のローレンス・リバモア研究所での経験や、周囲の世界屈指の研究者たちと築いた理論の積み重ねであること。それらを、直接見て、聞いてもらう場でした。

(写真)シーガルフォーの開発者、リチャード.T.ウィリアムス氏から直接、技術の説明を受ける/代理店セミナーの様子

技術だけでなく、「人」との信頼を築く

(写真)自身が携わったサンプリングロケットプロジェクトについて話す開発者、リチャード.T.ウィリアムス氏/メーカーでの研修・懇親会の様子



聞き手:技術以外に、メーカーの姿勢やポリシーは、その時点で掴めましたか?
引地:まだはっきりとはわからない。
とにかく、「どうして取れるのか、取れないのか。取れるものがあり、取れないものがあり、なぜなのか」。
10年くらいかけて、ずっと同じこと聞き続けてたと思うよ。
一回行ったから全部わかりました、という話ではない。
今はずいぶんインフォメーションが出ているけれど、当時はそれも出さなかったし。
聞き手:では、10年くらいの間に、技術への確信が強まっていって・・・
引地:そう、そして親しくなって、いろんなことも教えてくれるようになった。
「日本人に会ったことがないんだ。」と言っていたくらいだから、初めから簡単には多くのことは教えることができなかったんだと思います。
聞き手:技術的な理解とともに、信頼関係も育まれたんですね。
引地:夜はリチャードの家に行って、料理を作ったりしました。
天ぷらとか、五目ごはんとか。日本から持って行けるもので。まさに料理は外交、ですね。
当時は日本食レストランもほとんどない時代。

「どういう人間が、日本でこの製品を扱っているのか」を、時間をかけて伝えていきました。

1991年に父が亡くなった後は、「この若造に任せても大丈夫」と思ってもらえるよう、一層努力したように思います。
父からの言伝である「年に1回か2回は、必ずメーカーを訪問するように」ということも、守り続けました。

 

技術を理解した先に待っていた、もう一つの“壁”

聞き手:技術を理解して帰国して、「よし日本で」という時に、壁を感じたことはありますか?
引地:日本で製品を取り付けるためには、一方で製品を理解しなければいけないし、一方でどうやって取り付けるか解決することが、大変な壁でした。当時、これをこのまま売ってたんですよ。(写真参照)

アメリカの規格で日本のキッチンとは異なるし、工具も違うし。
「こんなのどうやって付けられるの?」と。

いざ、日本国内で日本向けのパーツを作ろうとしても、数が少なくて作ってもらえないなど。

プロトタイプを木で作ったりもしながら、取り付け方法を考えて行きました。
聞き手:なぜ壁だらけの状況でも、挫けて諦めなかったんですか?
引地:くじけるも何もないよね。
聞き手:強い・・・・(笑)不屈の精神でひとつひとつの目の前の課題を解決して行くのみ、という姿勢だったのですね。

- vol.5では日本国内で立ちはだかった壁についてをお送りします

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